邪馬台国

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(13)「吉野ヶ里遺跡」は邪馬台国の都か 〜3世紀後半に消えた大環壕集落〜

吉野ヶ里遺跡は邪馬台国の都かはじめにお断りしておくと、ぼくも「吉野ヶ里遺跡」が邪馬台国の都だとは思っていない。ただ、奈良の「纒向(まきむく)遺跡」に比べれば、吉野ヶ里遺跡の方が魏志倭人伝が描く「倭国」の風景に近いんじゃないかと思っている。先...
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(14)朝倉市「平塚川添遺跡」は邪馬台国九州説の本命か

約50年間で3倍に拡大した「纒向遺跡」考古学者の坂靖さんによれば、庄内式期(いわゆる邪馬台国時代)の「纒向遺跡」の範囲は、まだ約1平方キロ(100ha)ほどのもんだったという。同時代の伊都国「三雲・井原遺跡」が60haというから、それよりは...
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(15)卑弥弓呼の「狗奴国」は熊本か、東海か

魏志倭人伝の「狗奴国」魏志倭人伝で「狗奴国」が言及されているのは2か所。まず「女王国」から「北」については戸数や距離が把握できているが、それ以外(南、東、西)の詳細は不明だ———と断ったうえで、女王国に属する21カ国の国名だけが列挙された後...
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(16)三角縁神獣鏡と卑弥呼の「銅鏡百枚」〜九州から畿内に渡った鏡の文化〜

卑弥呼の時代の鏡の分布魏志倭人伝によれば、AD238年に魏に朝貢の使者を送った卑弥呼は、奴隷10人他の見返りに、魏帝から莫大な財宝を下賜されている。そこに含まれていたのが「銅鏡百枚」で、邪馬台国の所在地なら銅鏡がワラワラと出土しないはずがな...
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(17)邪馬台国の卑弥呼のお墓は「箸墓古墳」か「平原王墓」か

箸墓古墳の築造年代邪馬台国の女王・卑弥呼のお墓の候補とされる、奈良県桜井市の「箸墓古墳」の築造年代には、大きくわけて3世紀「後葉」と3世紀「半ば」の2つの説があるようだ。まず前者。橿原考古学研究所に勤務して、「纒向遺跡」の発掘を担当した関川...
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NHK『新・古代史』〜邪馬台国大和説の現在〜

読書感想文シリーズについて今回からしばらくの間、このブログには邪馬台国関連の本を読んだ「感想文」をアップしていきたいと思います。これまでは主に「九州説」に立った本を読んできましたが、時には異説に耳を傾ける必要があるでしょう。といっても本の論...
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瀧音能之『発掘された日本神話』〜タウポ火山の噴火と高地性集落〜

瀧音さんと魏志倭人伝邪馬台国本の読書感想文シリーズの2回めは、駒澤大学名誉教授・瀧音能之さんの『発掘された日本神話』(2025年)。本には瀧音さんは「監修」と書いてあるんだが、実際に執筆した人のお名前がないので、ここでは瀧音さんのご著書とし...
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瀧音能之『ヤマト建国の真相』〜朝日遺跡と唐古・鍵遺跡は戦ったのか〜

邪馬台国の「方位」と「距離」邪馬台国関連の読書感想文シリーズ、その3回目は『最新考古学が解き明かす ヤマト建国の真相』(2025年)だ。前回読んだ『発掘された日本神話』の半年前に、同じ宝島社新書から出た本で、内容から見て姉妹書だと思われる。...